◆理由◆

    幻水1/坊→ラスカ


     「テッド…何、この旅支度?」

     使い古された物と真新しい物。必要最低限の旅道具が一式、皮袋に詰め込まれていた。
     ひょいと片手で紐を掴めば、それだけで直ぐにでも旅に出られそうな…そんな袋。

     「いやホラ、おれって自由を愛する男だからさ☆っていうか、お前何で人ン家漁ってんだよ!」

     「どこかに行くの?帰ってくるよね!?むしろ連れてけ!!」

     「逆ギレかよ!くそっ、もっとちゃんと隠しとくんだった…」

     「ぼくに黙って出て行く気だったのか!?最低…テッドのバカ!ボケ!うすらボケ!!」

     ぼそっと呟いた言葉は、きっちり耳に届いていたらしい。
     どこで覚えたのやら、彼の口からは聞いた事のない憎まれ口が、ぽんぽんと痒い攻撃を仕掛けてくる。

     笑いを堪えきれなくなり、困った風を装って、テッドは両手を上げた。

     「わかったわかった、出て行かないから!出て行くときは、ちゃんと言うから…な?」

    ++++++++++++

     暖かなブラウンの髪をくしゃくしゃと掻いて、心底困ったように浮かべる笑顔を、今も覚えている。
     目の前にいる"彼"より、茶色がかった髪の色。

     「ラスカ。お前は戦争が終わったら、どうするんだ?」

     「んー、どうしよう。先の事考える余裕も無かったし」

     「親父なんかは、お前の元で国を建て直すんだって張り切ってるみたいだけどさ」

     帝国の圧政に反旗を翻した解放軍の運動は、日に日に広がっている。
     兵の総数こそ未だ帝国軍に劣るものの、多くの土地を解放し、残る帝国拠点は少ない。

     空はよく晴れている。

     湖に反射する光が煌々と揺れるのを、二人は船着場の端でぼんやりと眺めていた。

     「シーナは?」

     「オレ?そうだなぁ…旅にでも出るかな。貿易の盛んな土地って、美人が多いらしいし」

     「シーナって黙っていれば見られるのに、あまり女性に相手にされないよね」

     「そういうお前は何気なく上手いよな、女の子と仲良くなるの」

     数人の兵士がこちらを見ながら言葉を交わしているのが、遠目に見える。
     軍のリーダーと重鎮の一人息子の会話が、よもやナンパや遊び、果ては悪戯の話だとは思っていないだろう。

     そう思うと可笑しくて、ラスカは少し笑った。首を傾げたシーナに小さく兵達を指すと、納得したように彼も笑う。

     「オレら、どんな話してると思われてるんだろうな。やっぱ兵法とか?」

     「何にしても、実際の内容を聞いたら、ショックうけるだろうね」

     「親父に聞かれたら、オレもお前も怒られるんだろうなー」

     「ぼくも?」

     「"不肖のバカ息子の誘いなどに乗ってはいけません!"ってな」

     言ってから注意深く周囲を見回すシーナに、再びラスカが笑った。

     決して仲が悪かったわけではないが、ラスカは父と、レパント父子のように口論を繰り広げた覚えがない。
     今となっては――父を亡くした今となっては、彼らが少し羨ましかった。

     「でさ。一緒に行かないか?」

     「…は?どこに」

     「だから、旅だよ。全部終わったら、気ままにブラッとさ」

     いつか、一緒に。まだ鮮やかに蘇る記憶に、ラスカは瞳を伏せた。
     かつて親友と交わした、叶う日の来なかった約束。

     返答のないラスカに何かを感じたのか、シーナが苦笑して言葉を紡いだ。

     「あー…まぁ、そうもいかないか。リーダーだもんなぁ」

     「いや…いいね、それも」

     でも、と続けるラスカに、シーナは、湖に向けていた視線をちらりと彼に移す。

     「でも、一人旅がしてみたいな。ずっと誰かしら一緒だったし」

     「…そっか。そうだな」

     笑顔で言うラスカの左手が、そっと皮手袋に包まれた右手の甲を押さえた。
     それに気付かないフリで、シーナも笑ってみせた。

     「でもさ、せめて―」

    ++++++++++++

     解放を祝う声が、都中に響いている。

     歓喜に満ちた喧騒を背に、勝利の背後に並ぶ墓標を胸に。
     解放軍を率いた少年は、旅立とうとしていた。

     『でもさ、せめて、旅立つときには一声かけてけよな』

     今になって、分かった。かつて親友が、黙って旅立とうとしていたそのワケが。
     奪う恐怖も、残される恐怖も、離れ難い温かな場所から去る寂しさも―そして、そうせざるをえない全ての理由も。

     「坊ちゃん?どうかされましたか?」

     置いていくつもりで、しかし見事に捕まった挙げ句、誤魔化しきれずに、結局同行を認めるしかなかった
    少々過保護な付き人―グレミオが、足を止めて都を振り返ったラスカに、小さく首を傾げた。

     「…いや」

     迷いはない。国の為にも、友の為にも…そして自分の為にも、最良の道を歩むのだ。

     「行こう。まずはどこに行こうか」

     夜空に、運命を縛る星はもう見えない。
     月明かりだけが、影を長く遠く伸ばしていた。

    Fin.

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    言い訳後書き

    幻水初小説、「理由」でした。
    なんだか山場もオチも浅い、微妙な文に…(汗)

    テッドが旅立つなら、坊ちゃんは一声かけて欲しかったと思うのです。
    でも、結局坊自身も、誰にも何も言わずに旅立つ。

    そんな状況を書いてみたくなって、ヘロヘロ書き始めたお話でした。

    ラスト、シーナサイドも書いてみようかな〜思ったのですが…
    某短編集のシーナ話に似てしまいそうなので、やめておきました。えへへ。

    しかし、うちのシナ坊は見事に友情止まりですね☆
    友情以上のものが出来てしまったら、某所にでもUPします(笑)

    …え〜。
    次は、お笑い系を一本、現在下書き中です☆(>△<;

    2003年12月