◆BROTHER◆
幻水2/坊→ラスカ・2主→クウ
軍名ナナミ軍・城名ナナミ城
「ラスカさん、お願いがあるんですけど!」
ナナミ城に滞在して二日目、宛がわれた客室に、城主であるクウが飛び込んできた。
誰かに―多分いつもどおり軍師にだろうけど―追われているのか、入るなりドアに鍵までかけて。
「…お願い?」
「明日、ナナミの誕生日なんです。それで、二人で出掛けようかーとか言ってたんですけど…
うちの鬼軍師が、仕事溜まってるから却下とか言うんですよ!」
「説得…してくれって?」
「説得なんてするだけムダです。僕の名前が出た瞬間に却下!とか言い放つに決まってます」
普段は必要以上にニコニコしてる子だけど、どうやら軍師絡みになると豹変するらしい。
心なしか、戦闘中よりも険しい顔をしてる気がするんだけど。
「それで…ですね、明日一日だけでいいんですけど…身代わり、お願いしたいんですけどっ」
「…身代わり?」
「はい!集中したいから一人にしてくれって説明して、部屋に篭るんです。
書類とかの受け渡しは、協力者捕まえて仲介置けば、何とかなりますし。
あ、書類は適当に気分でマルとかバツとか付けるだけでOKですから!」
「適当…」
「難しい言葉ばかりで、あんなの読む気にもなりませんよ。だから、テキトーでいいんです」
…ちょっと、軍師さんに同情した。
「で、お願いしてもいいですか…?ホントに一日だけなんですけどっ」
「構わないけれど…ナナミちゃんと二人で出て、大丈夫…?誰か同行者は居るの?」
「大丈夫です。ビッキーにテレポートお願いするし、魔物も人もいない安全な場所だし」
「…念の為、行き先は誰かに言っておくこと。それなら…」
「引き受けてくれますか!?ありがとうラスカさんっ」
「…で、お前がここに居るワケか」
「クウに聞かなかった?」
クウが言っていた"仲介"に抜擢されたのは、相変わらず真っ青なフリックだったらしい。
一通り説明をすると、整った顔に複雑な表情を浮かべて唸った。
「いくらなんでも、無茶だろ…」
「うん」
本人が顔を出さないって時点で、替え玉だっていうのはすぐ気付かれるだろう。
相手がフリックやビクトールなら兎も角、切れ者と名高い軍師さんなら尚更だ。
「分かってて引き受けたのか」
「仕事さえ片付けば、あまり怒らないんじゃないかな…重要な件はないみたいだし」
重要な物は、直接意見を交わして決めるなりしているんだろう。
机の上に積まれた書類は、城の修繕や物流の状況報告類が大半だった。
厳選された上で回ってきているんだろうけど、本当に適当にマルバツ付けていいのかな。
「ラスカの放浪癖とクウの書類仕事ぶり、どっちが大変だか微妙な線だな」
「ぼくが軍師なら、どっちも嫌だな…」
書類にびっしりと書き込まれた文を斜めに読みながら、ぼくは少し苦笑した。
解放軍の軍師…マッシュは、シュウさんがクウに対するようには感情を露にすることは
少なかったし、追い掛け回してもこなかったけれど、それがかえって申し訳なかった。
それでも城内を転々とする放浪癖は、始終ぼくの中から消えることはなかったけれど。
「…変装とかしなくていいのか?」
「は?」
「いや、クウの身代わりなら、それらしい格好をしなくていいものかと」
「フリック、何の為にここに居るのか判ってる…?」
「それはそうだが…万が一のとき、加担者としておれまで説教を喰らいそうで」
「…詳細も聞かずに引き受けた時点で過失、減点」
「相変わらず手厳しいのな…」
「万が一のことが起こらないように…はい」
「はい?」
「引き取りに来る前に渡せば、見付かり難いだろうから」
終わった分と不明瞭な点が目立つものを別に束ねて、フリックの腕に乗せた。
まだ少し残ってるけど、最初にざっと見たとおり、難しいものは来ていないみたいだ。
「追加は受け取らないで戻ってきてね。ここにある分終わらせたら、逃げるから」
「逃げるって…いいのか?」
「それ以上は、さすがに怪しまれるよ…」
「帰るのか?送ろうか、どこかで落ち合えば」
「いや…この部屋から消えるだけだよ、クウと話合わせないといけないし」
「ああ、そうか。とりあえずこれ、置いて…」
ドアをノックする音に、フリックが固まった。
ペンを置いて席を立って、図書館で借りた本を手に、手近な椅子に座る。
ドアを開けて入ってきたのは、予想通りの人物だった。
「…フリック、リーダーは?」
「へ?あ、いや、おれはこの書類を届けに行こうと」
すっ呆けた返答を口にしたフリックに眉を寄せて、シュウさんは次にぼくに目を向けた。
「マクドール殿、ご存知ありませんか?」
「私が来た時には留守でした。ここで待たせて頂いていますが、ご迷惑ですか?」
「いえ。時に、ナナミは見ませんでしたか?」
「今日は見かけていませんが…」
「そうですか。フリック、リーダーが戻ったら首根っこ掴んででも捕まえておいてくれ」
書類を受け取って、シュウさんは難しい顔をしたまま部屋を出て行った。
固まっていたフリックが息を吐き出して、がくりと肩を落とした。
「驚いた…」
「お疲れ様。…残りは片付けないほうが良いかな…」
真面目に仕事を進めているなら、シュウさんの接近を感知して脱出する理由もない。
ヘタに進めて、クウが戻らないうちに再度シュウさんが現れたら、誤魔化し切れない。
「しかし、よく何度も抜け出すよな…どのみち後でシュウに説教されるだろうに」
「ナナミちゃんの為だと思うけど…」
クウと共に故郷を追われ、そのまま義弟についてここまで来たという話を、
ぼくはナナミちゃん自身の口から聞いた。
笑い話のように笑顔で説明しながら、それでも彼女は、少し辛そうだった。
よくは知らないぼくの目にもそう映るなら、クウには、きっと痛いほど見えている。
微笑ましいほどに支え合っているクウとナナミちゃんを、ぼくは時々微かに羨ましく思う。
もし兄弟がいたとしたら、こんな風に仲が良かったのかな…なんて。
「で、これからどうするんだ?ここでクウが戻るのを待つのか?」
「…ビッキーに頼んで、迎えに行こうかな」
「迎えにって、クウとナナミをか?」
「うん。暇だし」
「案外心配性なのかと思ったら、暇つぶしか…」
「うん。それじゃあ」
「って待った、おれも行くよ。シュウが来たら、おれ一人じゃ誤魔化す自信ないし…」
窓から外を見ると、太陽はまだ赤くはないけれど、夕刻に差し掛かる頃。
…まぁ、そろそろ構わないかな…。
「…分かった、行こう」
「ああ。…その後の予定は?」
「?無いけど…」
「近くで、お前が好きそうな料理屋を見つけたんだが…行かないか?」
「ぼくは構わないけど…」
そうか、と笑って、フリックの手がぼくの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「?ラスカ?」
「…何でもない。行こう」
少し…ほんの少し、ちらりと思った。
"兄"がいたらこんな感じなのかな…なんて。
おわり
兄弟に憧れる坊でした。
クレオやパーンには、上司の息子っていうラインがありそうかな?なんて…
2007年1月