3月14日。
キーを叩く手を止めて、MAKUBEXは背後を振り返った。
思い思いに羽を伸ばす、平和な午後。
いつも微笑みを浮かべて、聖母のように彼らを見守る彼女は、今は留守だ。
それを注意深く確認してから、MAKUBEXは口を開いた。
「笑師、ホワイトデーのお返しって用意した?」
「はいなっ!ピンク色のハリセンや。コレでバシバシ朔羅はんにツッコんでもらうで〜!」
「十兵衛は?」
「…針を打つ約束をした。花月からは、ハーブティーを預かっている」
「雨流は?」
「月並みだが、飴を」
「毎年ながら、誕生日みたいだよね」
「せやなぁ。紅一点!やからな〜。バレンタインは朔羅はん、大変そうやし」
甘いものが好きな人、平気な人、苦手な人。ミルクチョコ、ブラックチョコ、ホワイトチョコ…
相手の好みを気遣い、甘さを調節した数種類のチョコ。
それはいつも、彼女らしい優しい色の箱に包まれて、優しい味を誇っている。
そして毎年、MAKUBEXにもそれは手渡される。
色々な甘さの、全種類の小さなハート型の無数のチョコが、皆より少しだけ大きい箱に詰められて。
チョコと一緒に箱に眠る、小さなメッセージカード。チョコより甘い、優しい言葉。
「…で、MAKUBEXはんは?」
「はい?」
「いややなぁ、ホワイトデーのお返しに決まっとるやん!
…はっ、もしや婚約指輪ですか!?んもう、MAKUBEXはんったら…」
「…キミのゲームのデータ、消すよ?」
「すんません」
音速をも超える勢いで土下座モードに入った笑師を背に、MAKUBEXの顔は少し赤い。
ポケットには、小さな箱。
特別な意味は含んでいないものの、その中身は、まさに指輪。
彼女に似合いそうな、桜色の小さな石。銀のリング。
この無限城下層街で、目に付く所に装飾品を着けるのは、あまり褒められた事ではない。
だから、細い銀の鎖も一緒に。
首、服の上にかけたイルカのペンダント。
その下、服の中に隠れているリングに触れて、MAKUBEXは微かな笑みを浮かべる。
誕生日に彼女から貰った、水色の小さな石の、銀の指輪。
どんな顔をするかな。喜んで、もらえるかな…。
朔羅の、朔羅らしい優しい笑みを思い出して、水色の石にキスをした。
…さぁ、いつ渡そうか。
Fin.
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