CREATURE

 何かがいる。他でもない、この私の中に。

 精神的な存在などではない。確かな存在が―身に覚えのない、私ではない何かがいるのだ。

 (うごめ)くわけではない。それらしい感触は全く無いが、それでも感じるのだ。
 歩いている時も、電車に揺られる時も、浅い眠りの中でも―確かに。

 いつからだろう。随分前からだったような気もするが、きっとそれ程、時間は経っていない。
 一日が長い。一時間が長い。陽が落ちるのも、月が昇るのも、夜露が落ちる静けささえ、ぬるくゆるく感じる。

 そして、時折襲ってくる、あの感覚。
 めまいにも似たそれは、時も場所も選ばずに私を襲う―悪夢を引き従えて。

 悪夢…それは憎悪。
 通りすがる人々の、近しい人々の、愛する人々の―あらゆる醜い、負の感情の声。

 聞こえるのだ。たとえそれが心の片隅にある、小さく一時的な憎しみだとしても。

 耳を塞いで部屋に閉じこもっても、防音室に駆け込んでも、決して逃れられない。

 助けて。助けて。気が狂いそうだ。あるいは、既に狂っているのか。
 ああ、腹の中で、ついに何かが動き始めた。悪夢か、悪魔か―助けて。

 日が沈む。闇が包む。この恐ろしい何かが、産まれてしまう。
 助けて、助けて、助けて…。

 
 『ニュースをお伝えします。

  本日午後五時ごろ、―市に住む会社員、―さんがマンションの屋上から飛び降り、
  病院に運ばれましたが、間もなく死亡しました。

  ―さんは妊娠しており、お腹の赤ちゃんは、奇跡的に無傷で取り上げられました。
  なお、遺書は見付かっておらず、現在、関係者に事情を聞くなどして、動機を調べております。

  続きまして、各地の天気予報を―』


Fin.


15作目囁ピエ、[CREATURE]でした。
化け物、怪物。正体不明の"恐ろしいもの"を目指してみました。

"恐ろしいもの"が自分の中にあれば、決して逃げる事が出来ない。
一番恐い事かなぁと思ったのですが。

2004年2月


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