MAGNET HOLIC


     入ったが最後、誰も戻らないという古城があった。

     海を見下ろす高い崖に堂々と立つその姿は、城の主であったという無名の英傑の姿を彷彿させる。

     訪れる者は絶えない、しかし戻った者はいないとされる不吉な城。
    今また、正面の巨大な扉を開こうとする者がある。

     白銀の鎧を纏った美しい女性が、長い金髪を潮の香のする風にさらさらとなびかせ、
    意志の強い瞳で古城を見上げた。

     「ここがかの有名な、呪われし古城というワケね」
     「…あの、やっぱりやめませんか?王宮から派遣された騎士団三十名、一人も戻らなかったって話ですよ?」

     無人となって長い建造物特有の薄気味悪さにすっかり怯えた様子で、長い赤毛を三つ編みにした少女が囁いた。
     女騎士はゆったりとした動作で下馬し、少女の言葉に笑った。

     「五十年も前の話でしょう?そういった話には、月日と共に尾ひれが付くものよ」
     「でも…」

     言葉を濁す付き人の少女に、女騎士は城を見上げていた美しい碧眼を移した。

     「この城に入って戻らなかったのは、城の何処かにある聖堂の、ステンドグラスの光を踏み越えた
      者だけという話だったでしょう?貴方はその手前で待っていればいいわ」

     真実は私が掴むから。
     腰にさげた、精密な細工の施された細身剣を白い指先で弄び、女騎士は微笑んでみせた。

     城の外観に引けを取らない堂々とした態度で、女騎士は城内へと踏み込んでいく。
    慌てて赤毛の少女が、恐る恐るながらも騎士の後を追い、暗い城内へと消えていった。



     石造りの城内は、陽に暖められていないひんやりとした空気が籠り、床にも机にも埃が厚く積もっている。

     あちこちに置かれた調度品は埃と空気に薄汚れていたが、盗人の被害にも遭わなかったのか、
    静かな気品を醸し出している。

     やけに響く足音に不安を覚えながらも、二人は慎重に城内を探索していった。

     やがて彼女達は、一つの木製の扉に辿り着いた。

     「この部屋が最後ですか…?よかった、何もありませんでしたね」
     「扉の先は、階段かもしれないわよ?…とは言っても、どうやらここが最上階、
      しかも建物の隅に位置しているようだから…その可能性は低いわね」

     石をくり抜いて作られた窓からは、蔦の絡まる城の角と、遠い地面に柔らかな草の色が見える。
    上を見上げれば、すぐそこに青空が広がっていた。

     冒険が期待はずれであった事に安堵し、それでも緊張は解かずに、二人はゆっくりと最後の扉を開けた。

     「…!すごい…」

     扉の前には、途中で数度折れた長い下り階段。

     そして、彼女らの目に映ったのは、ステンドグラスが美しい光を落とす、神秘的な聖堂だった。

     「見て、ステンドグラスの左の壁…大きな穴が開いているわ。
      あれが、この城から戻らなかった人々の謎を解く鍵かもしれない。貴方はここで待っていて」
     「はい。くれぐれもお気を付けて…」

     少女の大きな瞳に笑いかけ、女騎士は注意深く歩き出した。

     ステンドグラスの光の端を踏みかける頃、壁の穴の向こうが見え始めた。
     空と海。ステンドグラスから差し込む光は、視界を奪うほどまでに輝いて。

     世界に見とれていた彼女は、何かに引かれるようにどこまでも歩いた。

     そして、そのまま壁に開いた穴からふらりと宙へ躍り出た。

     慌てて穴に駆け寄ろうとした少女は、ステンドグラスの光の半ばで、思わず立ち止まる。
     幸運にも右手側、ステンドグラスから差し込む光の眩しさに足元が見えず、
    恐怖心が先立って進めなかったのだ。

     床を這うようにして穴まで辿り着いた少女は、主人の消えた景色を見て、ふぅと溜め息をこぼした。

     「なんて惹きつけられる、神聖な景色…」


    Fin.


    2nd囁きピエロ、[MAGNET HOLIC]。
    タイトルを直訳したままの微妙な話になってしまいました。

    04.02.

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