Newborn Baby ※ブラウザ1024×768対応背景使用

     ネオンの溢れる眠らない夜の街、空には銀色の満月が妖しく輝いている。

     小さな教会の屋根、大きな十字架の上。ネオンに存在感を奪われた月に、人影が浮かび上がる。

     少年と呼ぶには大人びた、青年と呼ぶにはまだ幼い。彼の闇色のインナーの胸元で、
    小さな銀のロザリオがきらきらと冷たい光を零した。

     街の中央にそびえ立つ、厳格な老人を思わせる巨大な時計塔。
    白い文字盤に生える黒い針が指し示すは、午前0時。

     彼は白いコートを軽やかに風に舞わせて地面に降り立ち、黒いアスファルトの上で震える、
    弱々しい小さな光を拾い上げた。

     ふいに彼の姿が、ふわりと夜空に舞い上がった。人にあるまじき跳躍力で、高いビルの上を跳び渡る。

     ビルの谷間、月明かりさえ届かない細い路地裏に、前触れもなくするりとその姿が沈んだ。


     「…よかった。まだ、生きてた」

     暗く狭い路地裏、深夜の街に似つかわしくない幼い少女が、ぼんやりと古びた木箱の横に立っている。


     少女の前に、彼は足音すら立てずに降り立った。
    その手の中、彼が先程拾ったあの小さな弱い光が、わずかに強く震えた。

     目の前に人が立っている事さえ気に止めぬ風に、少女は黙ったまま、虚ろな瞳で地面の一点を見つめている。


     「ほら、落し物だ」


     彼は少女の手を取り、小さな光を手渡した。光は少女の手に、あるいは空気に、淡く溶けて柔らかに消えた。

     少女の栗色の瞳に、ふと温かな光が灯る。


     「もう落とすなよ、名前」

     「うん、ありがとう!」


     朗らかな声。明るい笑みを浮かべて、少女は手を振りながら大通りへと駆けていった。

     荒れたアスファルトを蹴り、彼は再びビルの屋上へと躍り出る。その足元には、またあの弱々しい光。

     向かいのビルの屋上から、人が重力に引かれて落ちた。手を伸ばしかけた光が、ふつりと消えた。

     彼の薄い唇が、宙に小さく言葉を浮かせた。


     「折角名前という柵(しがらみ)から逃れて、本来の存在に生まれ変わる機会だというのに…
      名前ひとつ落としたくらいで、自分の存在まで見失うなんて」


     おろかだ、とつぶやきかけて、彼は何かを思い出したように、自嘲気味に微笑んだ。

     その影が再びいずこかへと消えた後も、街にはネオンが溢れ続ける。

     白い月が、静かに空に浮かんでいた。


    Fin.


    6作目の囁ピエ、[Newborn Baby]でした。
    名前=存在定義、描きたくて仕方がないテーマです。

    現実的な幻想世界、ミリ単位の現実=「ミリリアル」。
    最初の目標に、ようやく片足突っ込めたかな、という感じです。

    04.06.

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