| CREATIVE MASTER |
分かっている事は、みっつ。 ひとつ、その本は図書館の目録にはない。ふたつ、けれど本は必ず図書館に返される。 そしてみっつ、その本には不思議な力、あるいは不可解な魅力があるらしい。現に半年もの間、私は 昨日も、その本は貸し出し中だった。今日も駄目だろうか。 目的の本が収められているはずの本棚の前に立った瞬間、私の心臓はどくりと鳴った。 なんという事もない小汚い皮表紙の本は、それでも私の目を惹いた。 ―だが、そこには文字ひとつさえ書かれてはいなかった。 「おじさん、その本を借りるんですか?」 若い女性の小鳥がさえずるような声を聞きながら、私はページを繰る。 「僕もその本、読みましたよ」 青年の静かな声。女性は、軽く会釈をして立ち去った。 「冒険者が宝物を見つけ、大金持ちになる話でした。僕は考古学をやっているんですが、勇気が出ましたよ」 二人はよく似た表紙の、別の本を読んだのだろう。この本は、どこまでも白紙だ。 しかし、半年もの間待ち続けたその本を、本棚に戻す気にはなれなかった。例えこれが、目的の本に 公園のベンチに座り、厳格な老人のような、古い皮表紙を眺める。 「読んだ事があるのかい?」こくり、と彼女は頷いた。「どんな話だったんだい?」 「天国のお父さんとお母さんが、会いに来てくれる、お話…」 だが、やはり本は白紙なのだ。 日が暮れ、やがて公園には誰もいなくなった。 「なぜこの本は、白紙なのかな」出来心で、私は猫に尋ねた。「この本は元々白紙で、あの女性や青年や 猫の長いひげが揺れる。 「この本が…もし、この本が読み手の読みたい話、見たい夢を見せる本だとしたら」 そんな夢みたいな話があるものか、と私は思う。だが、口は心の奥底を勝手に語っていた。 「私は、白紙なんだろうか」 日が暮れる。街が、埃が、紅い。 「夢がなければ、人はすぐにでも枯れてしまうよ」夕日に伸びる影、猫の声。 猫に導かれるままに、私は本の革表紙を開いた。そこに描かれていた物語は―。
噂によれば、今もその本は人々の手の中で、それぞれの物語を語り続けているという。 Fin. |
22作目囁ピエ、[CREATIVE MASTER]でした。
完成しようがしまいが、一度生み出した世界は、作者が忘れた・死んだ後も
勝手に生き続けるんじゃ…なんて思います。
「生んで忘れた世界が生き続けてる」っていうのは、
忘れた・放棄した物語に対する罪悪感や希望なのかもしれません。
2005年5月