| ハルカ… |
右目の取れかかった小さな茶色いウサギのぬいぐるみが、昼下がりの街をぽとぽとと歩いている。 行き交う人々は、ぬいぐるみが歩いているという事実に、何の反応も示さない。 「ちょっと、すみません」 信号待ちで止まったスーツ姿のズボンの裾を、ぬいぐるみはくいくいと引っ張った。 男は引かれた裾を振り返ったが、小さく首を傾げただけで、また前を向いてしまった。 信号が変わる。 「人間は足が速いなぁ。それとも、ぬいぐるみが遅いのかなぁ」 ぽとぽと、きょろきょろ。 「あっ」 ふいに自分の体が浮き上がり、ぬいぐるみは小さく声をあげる。 ぽてっ。 アスファルトの地面に投げ出され、ぬいぐるみは、ほぅと息を吐き出す。 「ああ、驚いた。ぬいぐるみは鳥じゃないから、飛べないと思ってた」 取れかかった黒い右目を、やわらかな前足でちょっと持ち上げる。 「こんにちは、ウサギさん。今日はいい天気だね」 ふわりと差した淡い影に、ウサギのぬいぐるみは首を傾げ、周囲を見回した。 「こんにちは。本当に気持ちのいいお天気ですね」 一匹と一人は、並んでアスファルトの端に座った。 脇腹から微かにはみ出したふわふわの綿を気にしながら、ウサギは隣に座る人間を見上げた。 「人間は、いつでも忙しいんですか?誰に話しかけても、誰も答えてくれなかったのです」 人間は、そっとウサギの頭と耳を撫で、淋しそうに微笑んだ。 「それもあるけれど、彼らにはキミの姿が見えていないんだよ」 そう答えた彼の、その投げ出された足につまずいた人間が、不審そうに足元を振り返り、 「キミも私も、彼らとは違う次元に立っているんだよ」 きょとん、と首を傾げるウサギに、人間は続ける。 「歩いている道が違うんだよ。私達は、彼らをガラス越しに見ているんだ。 悲しそうに俯いたウサギのぬいぐるみに、たったひとりガラスのこちら側にいる人間が、 「キミも私も、ひとりぼっちだ。だから、一緒に行こう。 彼らの座っていたアスファルトの、数歩こちら側。 歩き出したウサギと人間を、一つの人影が、ひどく淋しそうにガラス越しに見ていた。 Fin. |
13作目囁ピエ、[ハルカ…]でした。
三次元から二次元は見えるけれど、二次元から三次元は見えないそうで。
そう考えると、面白いような怖いような。
幽霊の類は、案外四次元の住人だったりして(笑)
2003年12月