※残酷な表現が含まれております。

自殺の理由

 ばしゃり。

 愛用の刃が月明かりに銀色の光を残し、わずかに遅れて、柔らかな肉体から噴き出す紅い雨が、暗闇に
人の輪郭をなぞりおろした。

 するりと刃を仕舞い、鮮血に染まった人影が、細くしなやかな月を見上げる。

  ―何度、この紅い液体を浴びただろう。数えるのは疾うにやめた。

  この香、この色、この空気。他人の生命でこの身を染める時、ようやく私はこの波打つ鼓動を感じる。

 …だが、それも一瞬。

 一陣の風が―風の無い夜にも絶えず吹く風が、温かな死の香を吹き消してしまう。私の鼓動と共に、
何処かへと。この命の香だけが、心の渇きを癒してくれるというのに。

 ドサッ。

 背後に軽い荷の落ちる、鈍い音。人の…まだ生きて動いている"人"の気配だ。

 私は瞳を閉じた。
 叫ばずに身を翻えすなら、見逃そう。だが、もし―

 「きゃああああッ!!」

 くすり、と私は口元で笑んだ。ゲームオーバー。
 もしその喉が高く叫ぶなら、それは今夜の二人目の獲物―そう、決めていた。

 一筋の光。

 噴き出す温かな生命の香は、香水よりも甘く。
 風と古い血に冷えきったこの身体を、優しく温めていく。

 ―ああ、私は生きている。

 けれど、またすぐに風は吹く。
 この体から熱を奪い、鼓動を止め、そして私は他人を殺める。

 この薄汚れた魂一つを温める為だけに、不毛に奪うのだ。
 温かな血の流れる人達から、大切な人を奪うのだ。氷のように理不尽に、東風のように唐突に。

 どうすれば、この耐え難い渇きから永遠に逃れられるだろう?
 今や空っぽの二つの骸は、空ろな瞳で宙を見つめている。

 …ああ、そうか。

 「さようなら」

 私は私の刃を、自らの喉にあてがった。
 スッと刃を横に―私は私の温かな鮮血を浴びながら、穏やかな闇へと沈んでいく。

 …もう、この心が乾く事は無い。

 Fin.


10作目[自殺の理由]でした。
自殺の心理は分かる気がしますが、殺人の心理は未だ分かりません。

04.06.

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