砂漠に咲く海


         一面の砂は月の光に照らされて白く浮かびあがり、風さえも柔らかに砂面を撫でていく。

         その上を、人の形をした影が二つ、くるくる進んでいる。

         ぽとぽとと落ちる足跡を振り返りながら、不安そうに歩いているのは黒金。

         「本当にあると思う、白銀?」

         黒金の二歩前を歩くのは白銀、星の位置を確かめて、たしかな歩みで足跡を刻んでいく。

         「きっとあるさ、黒金。僕たちはきちんと見付けて、皆に本当を証明するんだ」

         でも、あのホラ吹き爺さんの言った事だよ、と言いかけて、慌てて黒金は口をつぐんだ。

         白銀は、あのホラ吹き爺さんとすごく仲がいい。

         僕たちの村は砂の真ん中の小さなオアシスで、面白い事なんて何も無い。

         ホラ吹き爺さんの言葉は、優しくて甘い水あめ。何も無い現実から、安全な冒険の世界に僕らを連れ出してくれる、

        水より淡い片道切符。

         何もかもを信じてもらえないホラ吹き爺さんの『本当』を、きっと白銀は証明したいんだ。

         「黒金も見たろう?東の砂で拾ったっていう、海の化石の欠片」

         皆には内緒だよと爺さんが見せてくれた、半透明に青い海の化石の欠片を思い出して、僕は少し迷った。

         「白銀、あれは硝子っていう、綺麗な透明な入れ物の欠片だよ」

         「だったら、その入れ物は海で出来てるんだ」

         砂のさくさく崩れる音を聞きながら、僕は困ってしまった。

         

         不意に吹いた風が、砂をざわざわ飛ばした。

         僅かに遮られた月光が砂面にきらきらと落ちて、風は何事もなかったかのように、また静かに滑り始めた。

         風と砂から守る為に反射的に閉じられた黒金と白銀の目に、ふわりと人影が飛び込んだ。

         遅刻した風に真っ黒な外套をなびかせて、僕らと変わらない年頃の少年が、砂の丘にするりと立っていた。

         「誰…?」

         僕らの、どちらが口にしたかも分からない問いに、彼は月に照らされた真白い頬で鮮やかに微笑んだ。

         「ボクはミスタ・ハイド。君たちを手伝いに来た。君たちが宝物を探しに行くなら、まず隠れなきゃならないからね」

         「隠れるって、何からですか?」

         白銀の乾いた声にくすりと笑って、ミスタ・ハイドは、口にそっと人差し指を立てた。

         「この世からだよ、ミスタ・白銀。ニッケルも窒素も、宝物を探すには余分だからね。…さあ、奇跡を魅せてあげる」

         ひらりと翻した白い指先から銀色の煙が噴き出して、砂漠も月も人影も覆い尽くしていく。

         恐怖よりも驚きと好奇心に支配された僕らの心は、幻想的な煌きに奪われた視界に、意外なほど静かな心持ちで

        見入っていた。



         さらさらと見る間に消えた銀の煙、砂漠はどこまでも広がっている。

         「…行こう、白銀。あの砂丘のむこう、変な音がする」

         「うん、聞こえる。あの向こうに、あるんだ。僕はずっと前から知っていた気がする」

         競うように、もどかしい位に柔らかい砂に足を取られながら、彼らは砂を登った。

         先に辿り着いた白銀が、続いて黒金が、荒い呼吸を整えるのさえも忘れて、目の前の世界に引き込まれる。

         砂のようにどこまでも広がる水が砂を撫でて、柔らかく擦れ合う音が心地良い。水の色は、海の欠片と同じ、

        鮮やかな晴れた空の色。

         そこには確かに、二人が探していた景色が広がっていた。

         「…あ、欠片、持って帰らなきゃ。その為に僕たちは来たんだから」

         水が滑り落ちる砂に開いた小さな窪みに、取り残された海がたゆたっている。白銀がそっとつまみ上げると、それはもう、

        あのホラ吹き爺さんに見せてもらった海の欠片、綺麗に切り取られた深い蒼の破片だった。

         「本当にあったんだね、白銀。僕は、本当に嘘だと思ってた」

         「優しい嘘に騙されるのも心地良いけれど、それが本当なら、きっとこんな風に気持ち良いんだよ、黒金」

         海の欠片を大事に小さな袋にしまってしまえば、後はもう、美しい風景に見とれる時間だった。



         並んで砂の丘に座る黒金と白銀の前で、風に飛ばされた水が空中に舞った。

         反射的に閉じた目を僕らが開くと、真っ白な外套を重そうに引いた、僕らやミスタ・ハイドと同じ年頃の少年が

        水辺に立っていた。

         「俺はミスタ・シーク。君達を迎えに来た。君達を導いたのがミスタ・ハイドなら、そろそろ目覚めなくてはならない」

         「目覚める?何からですか?」

         大して答えが欲しいわけでもないのに、僕はそうしなければならない気がして、ひどく落ち着いた気持ちで尋ねた。

         ミスタ・シークは、笑う事を知らない位に、どこまでも無表情に答えた。

         「この世からだ、ミスタ・黒金。宝物は見付かったのか?…さあ、奇跡を消してみせよう」

         すらりと翻したミスタ・シークの指先から、深く黒い闇が噴き出した。

         僕らは声を上げることさえ出来ないまま、深い深い闇へと飲み込まれていった。



         明るい満月が煌々と輝き、小さな星々はか細く揺れる。

         いつからそうしていたのか、黒金と白銀は、柔らかな砂の上に並んで寝そべっていた。

         彼らの見た、あの広い海ははたりと消え失せ、代わりに、波のように膨らんでは消える砂のなだらかな起伏を、

        月光が滑かに白く照らしている。

         起き上がった白銀の小さな袋から立ち昇る、くるくる煌く蒼い煙。

         彼らが拾った海の欠片が空へと溶けていく様子を見守って、二人はいつまでも空と砂を眺めていた。


        FIN.

    戻る

    -----------------------------------------------------------------
    クマナ様にキリ番500HITで頂いたリクエスト、"砂漠"。
    クマナ様、ありがとうございましたv

     「砂漠」というテーマをいただいて、まず浮かんだ絵が砂漠の海でした。
     次に海市=海上の蜃気楼と、砂漠の蜃気楼。蜃気楼=幻=あたかも夢?
     …と、後半ちょっと方向がズレつつ。

    黒金と白銀の名前の読みは、読み手に委ねちゃっています(笑)
    入力はくろがね・しろがねでしたが、私の中ではくろがね・はくぎんだったり。
    そこが漢字の面白いトコロですよね。

    ご存知の方は「ん?」とお思いになられたかもしれません。
    "ミスタ・ハイド"と"ミスタ・シーク"、響きが格好いいのでコソリ引用…
    ついでにジョジョ風に…ミスタ(違/笑)