◆チェス◆

    幻水2/坊→ラスカ・2主→クウ
    軍名ナナミ軍・城名ナナミ城


     「チェックメイト」

     晴天に包まれたナナミ城の一室。
     青さを誇る空も、白く輝く雲も、真剣勝負の前には霞んでしまうらしい。

     敵から取り合げたキングの駒を指先で弄びながら、緑衣の少年が不敵な笑みを浮かべた。
     「これで僕の6戦6勝、キミもまだ甘いね」

     「ルックの性格が悪いんだよ」
     テーブルに沈み込んで、黒髪の少年が恨めしげに相手を睨んだ。

     かの英雄ラスカ・マクドールは、ナナミ軍主であるクウに誘われるまま、今日もナナミ城に滞在中。
     軍主クウは、自由奔放な日頃の行いがついに祟ったらしく、軍師シュウの手で執務室に軟禁されたらしい。

     ラスカの周りをブンブン飛び回る小煩い虫がいないだけでも、ルックは上機嫌だった。
     もちろん、その顔は普段と変わらぬ仏頂面だが。

     「チェスなら、少しは自信あったんだけどな…」
     「粉々だね」
     「…うー…」

     ラスカのあまりの落ち込みっぷりに、弱くはないよ、と言いかけて、けれどルックは言葉を飲み込んだ。
     …らしくない。非常に僕らしくない。
     それは不快な事のはずなのに、この、こみ上げてくるような笑い。

     「悪くないけどね…」
     「うあ、ルックがフォロー入れるなんて…ムササビが降るかも」
     我知らず零れた独り言を聞き漏らさず、ラスカが窓の外に広がる空を見上げる。

     窓枠に重ねた両腕に頭を置き、景色を写す琥珀色の、どこまでも遠くを見透かすような瞳。
     そのまま、どこか遠くへ行ってしまいそうな。

     「ラスカ」
     「ん?」

     焦る心は、綺麗に覆い隠せたらしい。きょとんと見上げる瞳に今映っているのは、自分。
     そんな事で安心している己に微かに苦笑し、ルックは弄んでいたキングの駒をテーブルに置いた。

     「もう一戦、やってみるかい?」
     「勝てる気がしないんだけど」
     「何か賭けたら、緊迫感が増して勝てるかもね」
     「賭け?何を?」
     「キミが決めていいよ」

     どんな言葉が出てきたとしても、構わない。
     ルックは負けるつもりもなかったし、その可能性さえも感じなかった。

     ラスカのチェスの腕は悪くない。ルック自身、油断すれば負かされかねない。
     けれど、必ず一ヶ所、穴がある。本人も気付いているであろうに、絶対に埋めようとしない弱点。
     それはまるで、誰かに見つけてもらうのを待っている、幼い子供のような。

     「じゃ、月並みだけど、勝った人の言うことをひとつ、何でも聞くこと」
     「本当に月並みだね…キミらしくもない」
     「あはは、そうだね。クウの影響かな」
     「悪影響だね」

     愚直なまでに真っ直ぐな笑顔を思い出して、ルックは微かに顔をしかめた。
     魔術師の島で初めてラスカに会った時にも抱いた、奇妙な不快感。
     ―正確には、彼の隣で親しげに笑っていた少年に対して抱いた、不快感。

     コトリと駒が戦場に着地する音。陽の光を鈍く反射する、ポーンのなだらかな曲線。穏やかな時間。

     「何でも言うことを聞く、だったっけ?」
     「うぅ…。もういいよ、どうにでもして…」

     再びテーブルに沈んだラスカに、再び取り合げたキングを転がしながら、ルックが微かに笑う。

     「それじゃ、今日一日、キミに対する全ての誘い文句の返答権を貰うよ」
     「返答権?」
     「そう。誰にどこに誘われても、キミは返事しないこと」
     「ルックが側にいないときは…?」
     「今日一日くらい、側にいるよ」

     久々に一日中一緒にいる、いい名目。謀ったわけではないが、丁度いい。

     「ラースーカーさーんっ!」
     バタバタと駆けてくる足音と元気すぎる声に、ルックはあからさまに顔をしかめ、ラスカは苦笑した。

     「クウ、シュウさんと仕事から解放されたのかな…?」
     「まさか。あいつの事だから、隙を見て逃げてきたんだろ」

     「ラスカさんっ、一緒に逃げましょう。今に鬼軍師が追ってきますから!…痛っ」
     扉を開けるなり、ラスカの手をとって走り出そうとしたクウの手を、ルックの魔法が容赦なく襲った。
     さらに、反論しようと口を開きかけたクウの周りを、風が取り囲む。

     結局何も言えないまま、ルックの転移魔法で何処かへと飛ばされたクウに、ラスカは僅かにルックを睨んだ。

     「ルック…どこにやったの?」
     「船着き場の辺り」
     「辺りって…また湖に落としたのか…」
     「自業自得だよ。…どこか、行きたい場所はあるかい?」

     クウが戻って来る前に移動しないと、そろそろ来るであろう"鬼軍師"と軍主の諍いに巻き込まれかねない。
     そうなった場合、責任の一環を感じて、ラスカはすぐにでも帰宅を考えるだろう。

     「ん…図書館。キミに教えてもらった魔術書、幾つか分からない所があったから…解説頼みたいな」
     「ああ…いいよ」

     いくらでも。そう言いかけて、やめて。
     代わりに、嬉しそうに歩き出した背中で揺れるバンダナに、ルックは微かに笑んだ。

     ラスカのナナミ城滞在期間が長くても、いつでも会いに行ける能力があっても、側にいる時間はさほど無い。
     互いの事情と、多少の意地と、多数の邪魔が阻む、その距離。


     「よぉラスカ。今からちょいと酒場に行くんだが、お前もどうだ?」
     昼間から酒場に入り浸ってるんじゃないよ。
     ルックの内心のツッコミを知るはずもなく、ビクトールの誘いに、ラスカが嬉しそうに笑った。

     ラスカは酒…というより、酒場の活気が好きだった。しかも始末の悪いことに、かなりの酒豪。
     おまけに、ビクトールにも懐いている。

     続いて駆け寄ってくるのは、青雷。
     「ラスカ、こっちに来てたのか。丁度よかった、お前に相談したいことがあるんだが…」

     旧知の仲間…しかも相手は、かの解放軍では副リーダーとして、ラスカの片腕を務めた男だ。
     たとえ名実共に青くとも、やはりラスカはフリックに懐いていた。

     「両方パス。そうだね、ラスカ」
     口を開きかけたラスカの手を捕らえ、ルックは転移魔法を使うべく、精神を集中した。

     城内の施設や通路では、旧知の仲間を始めとする不特定多数の人間に、ラスカは声を掛けられる。
     最初からそれらの誘いを断るつもりで出した提案だったが、こう数が多くては、いい加減嫌気が差してくる。

     図書館、人気の無い専門書に囲まれたスペースに着地して、ルックはようやく溜め息を零した。
     隣には、くすくすと肩を震わせて笑う少年。

     「…何だい」
     「いや…機嫌が良かったり悪かったり、今日のルックは忙しいなって…」

     誰の所為だ、誰の。

     そう反論する代わりに、肩に掛かっていた長いバンダナの片尾を持ち上げて、そっと口付ける。
     本人には全く触れなくとも、それだけで微かに紅く色の差す頬。

     「…ほ、本、探してくるね…」

     独占欲。他人に気持ちの大半を支配される事。非常に気に入らない。
     それでもやはり、こみ上げてくるのは不快感ではなく、くすぐったいような、温かな笑みばかり。

     「本当、悪くないけどね…」

     再びそう呟いて、背の高い本棚に苦戦するラスカの方へと、ルックはゆっくりと歩き出した。


    Fin.

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    長いばかりで意味皆無…ごふぅ。
    最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございますっ!

    ちょっと変わった賭けの内容が書いてみたかった話でした(マテ)。
    何でも言う事を聞く→(自主規制)ってオチが多そうなので、あえて性格悪い系に。

    気持ちいいだろうなー片っ端から誘い断るの。
    はいダメ、はい無理、はいサヨウナラ〜♪
    や っ て み て ぇ … !

    ちなみに友情の延長線→恋愛感情未満くらいの気持ちで書きましたが、微妙…。



    おまけ
    坊「よしルック、ここは肩車だ!」
ルック「…キミが下だよね、言い出したのはキミだし」
坊「Σ(○△○;」

    2004年10月