◆優しい体温◆

    幻水1以前/坊→ラスカ


    晴れていた空は嘘のようで、テッドの天気予想は大ハズレで、空は冗談のような暗雲。

    遊び兼修行兼狩りは中断、突然の豪雨は容赦なく森の木の葉を通り抜けて、二人を襲った。

    雨宿り先を求めて走り回って、ようやくここ―浅い洞に滑り込んだわけだが、問題がひとつ。

    木こりか狩人が使う洞なのか、運良く薪があった。
    こういう事に関しては用意のいいテッドが火打ち石を持っていて、火をおこし暖をとる事もできたのだが、
    やはり問題がひとつ。

    雨に追い立てられた二人は、すっかり迷子だった。


    「ほら、早く脱げって」
    「やまないね、雨…」

    前髪から落ちる雫を片手で払いながら、洞の入り口で外を見ていたラスカが、ぼんやりと呟いた。
    降り始めほどの勢いはないが、雨の止む気配はない。

    「あーもう、いいからさっさと脱ぐ!風邪引くだろ」

    動く気配のないラスカを、テッドが引きずるようにして火の前に座らせる。
    外が気になるのか、視線をそちらに向けたまま、やはりラスカは静止した。

    仕方なくテッドが、軽装だがきっちり着込んでいるラスカの服に手をかける素振りを見せる。
    それでようやく、「自分でやるよ」とラスカは苦笑した。

    「テッド、道分かる?」
    「あー…テキトーに走っちゃったからなぁ。寒くないか?」
    「ん、平気。まぁ、なんとかなるかな」

    外したバンダナの飾り紐を指先で弄びながら、ラスカは再び外に目をやった。
    その横顔は、焚き火に照らされた腕と比べ、ずいぶんと白く見える。

    特に身体が弱いというわけではなかったが、飛び抜けて強いという事もない。
    おまけに、たまにラスカが引く風邪は、いつもしぶとかった。

    「本当に寒くないか?」
    「え?うん」
    「…本当に?」
    「うん」

    …でも、やっぱり少し白いよなぁ。こいつ、自分でも気付かないうちに無理するタチだし。

    そんなことを考えながら横顔を眺めていると、ふいにこちらを向いた。琥珀色の瞳。

    あぁ、この瞳だったっけ。発つ決心を挫いて、頼んでもいない居場所と心地よさをくれたのは。

    少し首をかしげて、また雨へと視線を戻したラスカに、テッドは音もなく立ち上がった。

    ラスカの背後に回りこみ、そっと腕を回して腰を抱く。
    警戒心のない首筋にあごを埋めて、怪しまれない程度に、唇を押し付けてみたりして。

    それでも警戒する気配は見えない。
    気を許しきってくれている嬉しさと、この感情に気付く気配のない詰まらなさが、同時に首をもたげた。

    「やっぱお前、身体冷えてる」
    「そうかな…寒くはないから、大丈夫だよ。ありがと」

    離れる事を促すような言葉に、テッドは内心で眉を寄せた。
    …離れ難い。

    「…なぁ」
    「ん?」

    言い訳を考えかけて、素直に"離れたくない"と言おうかとも考えて、やっぱり言い訳を適用する事にした。
    知らないほうがいい。彼も…自分も。

    「おれは寒いから、こうしてていいか?」
    「いいけど…火に当たった方が温かいんじゃない?」
    「お前にひっついてるほうが、温かい」

    困ったような小さな笑い声がして、かすかに背中が揺れる。

    温かな体温が愛しい。抱きしめた腰の細さが愛しい。
    瞳も声も優しさも、ちょっとわがままなところさえも。

    ラスカの首筋に埋もれて吸う空気は、かすかにラスカの匂いがした。



    服が乾いて、雨も止んで、空も晴れて、帰路について。

    自宅に戻ったテッドが、鼻に記憶されたラスカの匂いを思い出して、
    ついでに体温やら腰の感触やらまで思い出したりして、一人ニヤニヤしていたのは秘密。

    忘れていた夕食の誘いをしに彼の家を訪れたラスカが、うっかり窓から中を覗いてしまい、
    一人ニヤニヤしているテッドにただならぬ不安と恐怖を覚え、
    とりあえず見なかったことにして黙って帰ったのも、秘密だ。


    Fin.

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    テド坊っていうか、テッド→坊…?
    見事に片思いばかりですね、うちの幻水。

    細腰だの匂いだの、私的に恥ずかしい単語に挑戦してみました。
    (放送禁止)だの(放送禁止)だの書くより、"腰"って書く方が恥ずかしいんですけど。

    つまり、好きなんです。ロマンですよ腰!腰ラヴ!
    つーかむしろ 抱 き て ぇ … ! ←危

    2005年2月