◆彼岸花/前編◆

    幻水2/坊→ラスカ・2主→クウ
    軍名ナナミ軍・城名ナナミ城


     「シーナさーーーん!」

     トラン代表(ってのは実は女の子を口説く為の誇大広告で、本当は誘われたのと、興味本位とで仲間になったんだが)として
     ナナミ城に滞在を始めてから、はや10年。

     …10年ってのは大嘘、まだ1年にも満たないけれど、それでももう随分になる。
     そんなワケで、城主の義姉である彼女の声も、スルリと姿が頭に浮かぶくらいには聞き慣れている。

     女殺しの特製スマイルを浮かべて、おれは爽やかに振り返った。

     「やぁナナミちゃん、今日も可愛いね。一緒にお茶でも飲みながら相談しない?今後の二人の愛について」
     「あのねシーナさん、シーナさんはラスカさんと仲良しだったよね?ね?」

     「んー…まぁ、仲良しっちゃあ仲良しかな。あいつがどうかした?」

     3年前と変わらない姿で、けれど表情だけはキッチリ3年分大人びていた、解放戦争の英雄であり、戦友。
     ここの軍主に妙に気に入られて、この所しょっちゅうこっちに引っ張り込まれていたけれど、そういや今日は姿を見ていない。

     「あのね、少し前からウチに来てもらってたんだけど、今朝になったらいなくなってて、
      シーナさんなら何か分かるかもってメグちゃんが」

     「置き手紙とかは?」
     「あ、えーっとね、"ちょっと出かけて来ます"って」
     「あいつに何か、急ぎの用?」

     「ううん、今日はクウ、シュウさんに捕まってお仕事だから、大丈夫。
      でもラスカさん、何も言ってくれないでしょ?だから、私もクウもちょっと心配で」

     「ああ…なるほど」

     旧知のおれ達には、他の連中よりかは普通に話してくれる分、別段気にしてなかった。
     元々聞かれない限りは自分の事を話さないヤツだったが、今では聞いても話しそうにないか。

     窓から、季節らしい風が入ってくる。
     そういや、この季節だったような。

     「ナナミちゃん、今日一日はおれがいなくても困んない?」
     「え?うん、今日はクウ、どこにも行かない…っていうか、行けないだろうから。でも何で?」

     「心当たりがあるから、ちょっと迎えに行ってくるよ。あ、性悪魔法使い借りていい?」
     「うん、いいよー。そうだ、お弁当持ってく?」

     「…あー、いや、いいよ、魔法でポーンと飛んでくし。…あ、でもルックには必要かな?」
     「一人分も三人分も変わらないから、皆の分―」

     「うわ、いや、やっぱ大丈夫!レストランでナナミちゃんの特製ケーキ、包んでもらうから」
     「そう?それじゃ、ラスカさんの事お願いねー!!」

     手を振ってバタバタと走り去るピンク色に手を振って、おれはレストランに向かった。
     "ナナミケーキ"一人前を包んでもらって、その足で性悪魔法使いの定位置へ向かう。

     女の子からの贈り物なら、さすがにあいつも受け取らざるをえまい。
     日頃の仕返し…いや、礼を文字通り食らうがいい!!

     「…は?ナナミからケーキ?いらないよ、アンタが食べれば?」

     …そうだ、こいつはそういうヤツだった。

     「で?わざわざソレだけの為に来たのかい?バカも極めれば凄まじいね」
     「ラスカが今朝から行方不明だってさ」

     常時不機嫌な性悪魔法使いの顔が、ぴくりと揺れた。
     こいつの平常心をかき乱せるのなんて、あいつとレックナート様くらいじゃないかな。

     3年前の赤月帝国―現在のトラン共和国―での戦争で、おれ達は出会った。
     当たり前だけど大人の多い戦場で、至極当然のように、おれ達は自然と言葉を交わすようになった。

     ルックはおれと同じくらい―いや、もしかしたらおれ以上に、あいつを気にかけている。
     それが同じ"真の紋章"持ちだからなのか、純粋な好意からなのかは知らないが。

     真の紋章とやらの呪縛は、おれにはない。時に取り残される気分は分からないけれど、
     3年前と変わらないあいつの姿を見ても、その事に関して、おれは何も感じなかった。

     もう会う事もないんだろうかと、漠然と抱いていた寂しさが壊れて、再会の真実だけが心を満たした。
     ―つまり、とにかく嬉しかった。

     黙りこくっているが、たぶんルックも、あいつの行き先は分かっている。
     会うべきか、そっとしておくべきか―迷ってるんだろう。

     とりあえず行動するおれ、まず考え込むのがルック、そして最終判断はあいつ。
     おれ達のバランスは、笑えるくらいに丁度よかった。

     「この季節だったよな、たしか」
     「…気は進まないね。あんなヤツの所に行くなんて、全体的に不愉快だ」

     戦の中、少しずつあいつは表情を失っていった。笑顔も、涙も、痛みや苦しみさえも見せなくなっていった。
     その矢先のあの事件で、あいつは忘れていたものを、封じていたものを溢れさせたかのように、泣いた。

     最期の贈り物だったのかもしれない―なんて言ったら、ちょっと詩人すぎるかな。

     それでも、青い服の少年は、たしかにあいつを救った。
     おれ達ではどうにもしてやれなかったラスカの感情の閂を、己が命をもって外し、内側から壊れゆくのを止めた。

     …凄い、と思う。悔しい気もするけれど。

     「お前は会ったことがあるんだっけ?」
     「…まぁね」

     「おれはあの時が初顔会わせだったからなぁ。どんな奴だったのかも、よくは知らないけど」
     「…言いたいことがあるなら、さっさと言いなよ、うっとうしい」

     「墓に花くらい、手向けに行ってやろうぜ。迎えに行くついでにさ」

     凄まじく嫌そうな顔をたっぷり10秒浮かべて、おまけに盛大なため息をついて、ようやく魔法を使う体勢になった。
     どういうワケか、ルックはあの青服の少年を毛嫌いしている。もっとも、こいつが他人を気に入ることが珍しいか。

     風に包まれる。
     確認も説明もないが、ちゃんと連れて行ってくれるらしい。

     おれ一人じゃラスカを連れ戻せないように、ルックも一人じゃラスカを連れ戻せない。
     説明はできないが、おれ達は、そんなバランスで笑いあってきたんだから。



    →つづく


    仲良し3人組。珍しく友情モノですよ(笑)


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