◆落とし穴◆

    幻水2/坊→ラスカ・2主→クウ
    軍名ナナミ軍・城名ナナミ城


     「誰かぁ〜。助けてー」

     ジョウストン都市同盟、サウスウィンドゥ市―現在の同盟軍本拠地、ナナミ城。

     城を守る防壁の外側、ほとんど人の通らなそうな場所にぽっかりと開いた穴から、その声は流れていた。

     「聞こえたら助けてー。聞こえなくても助けてー」

     本当に助かりたいと思っているのかさえ怪しい、明らかにやる気のない、助けを求める声。
     声は、穴の周辺にそれなりに届いてはいるのだが、何せ人通りがない。

     声の主は、深い溜め息をついて、穴の底に座りこんだ。

     都市同盟の南、赤月帝国を打ち倒し、トラン共和国を築いた―正確には築いていないが―英雄、ラスカ・マクドール。

     英雄とはいえ、彼も人間である。
     ついでに言うと、イタズラ好きなマイペース人間である。

     「しまったな…。もっといい場所に掘るんだった…」

     その穴を掘ったのは、彼だった。

     「でも、穴の隠し方は上出来だったな。自分でも気付かなかったくらいだし」

     穴に落ちたのも、彼だった。

     「うーん、まさに墓穴。自分で作った落とし穴に落ちるなんて…軍師、策に溺れる」

     頭上の丸い空を見上げて、ラスカは呟いた。小さな空を、時折のんびりと鳥が横切っていく。

     縄梯子を使って2日がかりで掘った穴は、とてもじゃないが、自力で這い上がれる深さではない。

     落ちた者を考慮して穴の底に敷いた柔らかな土が、計画通りに怪我だけは防いでくれた。
     しかし、怪我はなくとも、脱出できないことに変わりはない。

     「そろそろ一人くらい、ぼくがいない事に気付いたかな。荷物も棍も、部屋に置いてあるし」

     いくら城の近くとはいえ、武器も持たずに彼が城外を出歩いているのは、ひとえにその魔力のお蔭だった。
     ナナミ城の周辺のモンスターならば、左手の旋風の紋章だけで事足りる。

     ふと、穴に影が差した。

     「ん?―うわっ!」
     「うをっ!?」
     「な、何、重―…フリック?」

     穴に落ちてきた物体を、ラスカが必死に押しのける。見慣れた青いマント。

     「ラ、ラスカ!?お前、何でこんな所に」
     「落ちたんだよ、悪い?」

     「い、いや…だが、何でまたこんな場所に穴が…」
     「ぼくが掘ったからに決まっているだろう!」

     「………おい、ちょっと待て…」

     微妙な沈黙を置いて、考え込むようにフリックが頭を抱えた。

     「それじゃあ、自分で掘った穴に落ちたのか…?」
     「落ちていなければ、どうしてここに居るっていうんだ!」

     腐っても、かつては一軍を率いたリーダーである。ラスカの無駄に威厳に満ちた返答に、
    再びフリックは頭を抱えた。

     「威張れる立場かよ…」

     「少なくとも、フリックよりは。隠してあった穴に落ちたぼくはともかく、一体どうやったら
      こんなにあからさまな穴に落ちるんだ」

     茂みの中にあるわけでも、表面を土や葉で覆い隠してあったわけでもない。
     城壁の側とはいえ、浅い草原にぽっかりと開いた穴に落ちるなど、とても考えられない。

     探るでもなく、じっと目を合わせて問われ、フリックは頭を掻いた。

     「いや、それは…その、何だ。少々考え事をだな…」

     朝から姿の見えないラスカを必死で捜し回っていたなどと、間違っても言えるはずがない。

     用事があるわけでもなく捜し歩いていたなどと言ったら、一部隊を率いる将軍としての自覚が足りないだの、
    現リーダーを重んじろだの、終いには二度と来ないとさえ言い出しかねない。

     不服そうに、だがとりあえずは納得したのだろう。ラスカはフリックから視線を外し、短く息を吐いた。

     「誰か、気付いているのか?ぼくがいない事」
     「ああ、クウとナナミが捜してたから、城の主な連中は皆、知ってるだろ」

     行動派なあの姉弟の事だ、まず間違いなく、片っ端からラスカの目撃情報を聞いて回っているだろう。

     以前、フラフラとムササビに付いて散歩に出た時も、あの二人のお蔭で大騒ぎになり、城に戻るなり
    大勢の知った顔に取り囲まれた記憶が、ラスカにはまだ新しい。

     「なら、そのうち見付けてもらえるかな」
     「まぁ、そのうちにはな…」

     瞳を伏せたラスカの顔には、三年前には無かった表情が見える。
     普段は気丈に振舞っているが、ふとした拍子に見せる顔には、いつも深い憂いが刻まれている。

     どうにかして笑顔を浮かべさせてやりたくなり、しかし、どうしたものかと困るフリックに、
    ラスカがぽつりとつぶやいた。

     「…そうだ、旋風の紋章で飛ばしてやるから、助けを呼んで来い!」
     「…は!?」

     「よし、そうと決まれば実行だ!"切り裂き"と"嵐"どっちがいい?」
     「ま、待て!いくらなんでも死ぬって!」

     嬉々として紋章を宿した左手を構えるラスカに、フリックは慌てて詰め寄った。
     己を巻き込む可能性が無ければ、本人の意見など聞く前に、魔法をぶっ放しかねない。

     「そうかな…なら、"水竜"でどうだ?怪我はするけど、回復もする」
     「回復する前に死ぬだろ!」

     「でも、"いやしの風"じゃ風力足りないし…あ、"優しさの流れ"一点集中かつ逆流で…」
     「頼むから、人を飛ばすっていう発想から離れてくれ…」

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