◆春宵/前編◆
幻水2/坊→ラスカ・2主→クウ
軍名ナナミ軍・城名ナナミ城
かの人は、桜のような人だった。
慎ましやかで、美しく、どこか憂いを帯びた人。
「ラスカさーんっ。こんな所にいたんですか」
元気な声に振り返れば、この城の主、同盟軍軍主・クウの顔。
だが、ラスカの視線は、その腕に抱えられたムササビに一直線だった。
「…ムササビ」
「あー、ダメです。ムクムク、ナナミに見付かったって伝えてきて」
クウが小脇に抱えていた赤マントのムササビは、ラスカの手が伸びる前に、飛び去ってしまった。
小さくなっていく赤マントを眺めるラスカに、クウが苦笑する。
ラスカは、あまり感情を表に出さない人間だったが、それでもクウの目には、充分残念そうに見えた。
「伝言伝えたら、戻ってきますから。何見てたんですか?ここ、眺めはいいけれど…怖いでしょう?
斜めだし、手すりないし。まぁ、そもそもが屋根なんだから、当たり前ですけど」
ナナミ城で一番高い場所。
いつもそこにいるグリフォンは、今日は地面にいるらしく、姿が見えない。
眼下に広がる広大な景色の一点を指して、クウはラスカの服の袖を軽く引いた。
「ラスカさん、ほら、あの辺り。桜色の部分があるでしょう?」
「桜…そうか、トランより少し遅いんだ」
「ずいぶん北ですからね。で、花見に行きませんか?今、ナナミ達が、暇そうな人に片っ端から
声かけてますから。弁当の手配も出来てるし、もちろん酒も完備ですよー!」
「あ…ムササビ」
ボトリと落ちてきたムササビを、ラスカが捕まえる。
春風になびく毛はふかふかのふわふわで、抱きしめると気持ちが良い。
何やら複雑な顔で見ているクウの視線に気付き、ラスカは、腕の中のムササビに視線を落とす。
ムササビも、くりん、と首を傾げた。
「…クウも、ふかふかしたいの?」
「ふかふか?あ、いや、幸せそうな顔するなーって思って」
「トランのムササビは、触らせてくれなかったから…」
「思う存分触っていいですから、今日も泊まってってくださいね!桜は夜が一番ですから!」
花見に行く、とはまだ言っていなかったが、ラスカの今後の予定は、クウの中で勝手に決定されたらしい。
それでも、月明かりに浮かぶ桜を思い出して、ラスカは小さく頷いた。
親友と共に見た夜桜の記憶が、ちくりとラスカの心に刺さる。彼は、もう―いない。
「それじゃ、夕刻には部屋にいてくださいね、迎えに行きますから」