scene2-微笑む泣き顔-

 それから毎日、ポチはそこに居た。学校へ行く朝と、学校帰りの夕刻前。
 少しずつ話をして、少しずつ僕達は友達になった。

 けれど、彼の正体を僕は知らない。
 けれど、彼を知らないのは僕だけじゃなかった。

 「君…何者?いつもここにいるのに、誰も君の事知らない」
 「…うらやましい?」

 ぎょっとした。
 いつも笑っているポチの、その微笑みが怖かった。

 夕暮れの、炊事と赤い砂埃の匂いのする風に吹かれて、ようやく僕は答えを見つけた。

 「…そうだね」
 「怖い?生きることが」

 夕日に照らされて、僕達は並んで道場前の石垣に座った。
 海も空も赤く、不安は増すばかり。

 「知らない事が多すぎるんだ」
 「見えない道を歩くのが怖い?」
 「皆が僕をきれいに忘れて、僕もきれいに消えてしまえたらいいのに」
 「…僕は、その方が怖い」

 初めて聞いた、笑っていない声。
 夕日に照らされた横顔は、初めて見る無表情。

 淋しげに、ポチは独り言のように言葉を紡ぐ。
 僕は、聞いていないふりでそれを聞く。

 「誰も僕を知らない。存在を認められていないから。
  君も今に僕を忘れる。
  そしたら僕は― 僕は、どこに行くんだろう」

 「…忘れちゃうのかな。僕も、ポチの事」
 「きっと、今にね」

 浮かんだ笑みは、泣きそうな微笑。

 袂から取り出したのは、紙に包まれた桃色のあめ玉。懐かしいイチゴ味。
 僕はひとつ、それをもらった。

ススム