◆第一章/十一年越しの再開◆ scene4
雨垂れの窓からは、街灯と、雨に濡れたアスファルトの反射する鈍い光が見える。
静かな部屋に響くのは、時計の針が動く音と、静かな雨音。
嬉しさと気恥ずかしさの狭間に戸惑い、アイスの背中に隠れ続けるセシルの頭に、メルが大きな手を乗せた。
気持ちと心音はまだ落ち着かないが、涙はとうに止まっている。
ようやく決心をつけて、セシルはアイスの影から姿を現した。
ベッドの上で体を起こしたラスティアの瞳と、視線を合わせる。
十一年ぶりに見る弟の成長した姿は、懐かしいような、見知らぬ他人のような、妙な気分をセシルに植え付けた。
彼と同様に、微かな戸惑いを含めた視線をセシルに向けていたラスティアが、小さく首を傾げた。
言葉を探すように紡がれる言葉が、やけにゆっくりとセシルの耳に響く。
「セシル…だよね。もう、はっきりとは覚えてないと思ってたけど…」
視線を落として、ラスティアが息を吐いた。
一呼吸。顔を上げた彼は、碧眼に涙を溜めて、けれど柔らかく微笑んだ。
「まだ…覚えてたみたい。会えてよかった…」
「ラス…」
俯いて掌で涙を拭うプラチナブロンドの頭に、セシルは手を伸ばしかけて――止まった。
上げた腕は、そのまま力なく重力に引かれて落ちた。
ずっと捜していた。何度も夢に見るほど、再会を切望していた。
けれど今、体は動こうとしない。目の前で泣いている弟を抱きしめられずに、ただ立ち尽くしている。
喜びよりも、戸惑いが胸を占めている。動けない。
ふいに、頭をくしゃくしゃと撫でられる感覚。隣に立っていたアイスの手が、頭上を越えるのが見えた。
アイスがラスティアのベッドの端に座って、口を開く。セシルは小さく息を吐き出した。
「ねぇラスくん、今日ここに来るまでに、どこかに寄ってた?
セントラル地区でセシルの居所を訪ねたのが一昨日だったって聞いたから、ちょっと心配してたんだけど」
とたんに、ラスティアの頬が薄く染まった。
慌てたようにラスティアは両頬を手で覆って、視線を白いシーツの上に落とし、目を閉じる。
次に、困ったようにアイスを見上げて、恥ずかしそうに口を開いた。
「す…すみません、セントラル地区で道を聞いて、大通りを南へって聞いて…」
「聞いて?」
「…なぜか、北に進んじゃって…ノースクラウンのギルドに着いて、やっと方角違いに気付いて…。
ギルドマスターさんが、明後日…今朝になればサウスクラウンに出掛ける予定のリーパーさんが居るから、
近くまで送って貰えるように手配するって言ってくれて」
「それじゃ、二晩ノースのギルドに泊まってた?」
「はい。雑用のお手伝いをして、仮眠室に泊めて貰いました」
ラスティアの言葉に、黙って話を聞いていたメルへとアイスは視線を向けた。
「おかしいな。ノースクラウンから連絡来たなんて、聞いてない気がするんですけど」
ギルド間の結束は、弱くはない。
あらゆるリーパーに課せられた、唯一にして特殊な任務。
その遂行に必要不可欠となる情報を交わす為の連絡網は、あらゆるギルドに張り巡らされている。
ラスティアの情報は、少なくともクラウン地区のギルドには行き渡っている。
リーパー仲間が捜し求めている尋ね人が現れたとなれば、すぐに連絡は来るはずだ。
アイスの疑問に、ラスティアは再び僅かに首を傾げた。
セシルの脳裏に、色褪せた映像が浮かぶ。記憶の中にある幼いラスティアも、よく首を傾げていた。
本当に、ラスティアなのか。ずっと捜していた弟が、目の前に帰ってきたのか。
また視界が歪み始める。目を擦るフリをして、セシルは涙を拭った。
考え込む姿勢を見せていたメルが、静かに口を開いた。
「ラス。ノースクラウンでは、セシルを尋ねて来た、と言ったのか?」
「え?いえ…サウスクラウンに行くつもりだったとしか」
「それで、だろうな」
メルとアイスが苦笑を浮かべた。
各ギルドに情報の提供を求めた対象は、銀髪碧眼でラスティアと名乗り、
かつ"サウスクラウンのセシル・アンダーソンを尋ねて来る者"だった。
律儀にそれを守ったのか、単に気付かなかったのか。
気が抜けたように、アイスが体を伸ばして窓の外に視線を向けた。
「とりあえず、帰りません?日も落ちたし、雨も降ってるし、疲れたし。
ラスくん失踪事件の詳しいお話は、家で温かいものでも飲みながら、ゆっくりしましょ」