◆第一章/十一年越しの再開◆ scene5
冷たい春の雨が降りしきる中、セシルは乗り込んだメルのワゴンの窓から外を眺めた。
サイドカーと共に雨に濡れながら、アイスはワゴンの傍を走っている。
「あの…セシル」
記憶の奥底に眠っていた音よりも幾らか低い、名前を呼ぶ声。
セシルが弟に視線を移すと、彼は小さく首を傾げて、言葉を続けた。
「その後…僕たちが消えた後、セシルはどうしてたの?」
「ああ…叔父さん―母さんの弟に引き取られて、でも…気が、合わなくて。
家を出て、アイスに拾われて、リーパーになって…」
お前を捜していた。
その一言はラスティアの重荷になるのではないかと、セシルは言葉を止めて語尾を濁らせた。
それでもラスティアは視線を落として、眉を寄せた。
「…ごめんね。大変だったよね」
「………」
お前のせいじゃない、と言いかけて、また言葉を飲み込む。
アイスのような巧みな話術どころか、気持ちの半分も表現できない己がもどかしい。
生きて戻ってきてくれた。ただそれだけで、もう充分だというのに。
「…ラスは?」
「よくは分からないんだけど…窓のない小さな部屋で、色々な勉強をして…それだけ」
「あれから、ずっとか…?」
「うん。何度も抜け出そうとしたけど、上手くいかなくて」
「いったい、誰が」
「多分…お父さんたちを…殺した、人…」
頭の芯が、真っ白に凍った。
突然ひとりきりになったあの日。乱暴な叔父の家で過ごした、悪夢のような日々。
弟を捜すことに手一杯で考えもしなかった、それらの元凶。存在しているのか。
「理由も何も聞けなかったけど、あの人、僕やセシルのこと、知ってたみたいだった。
声に聞き覚えはなかったけど…」
「声?」
「うん、部屋のスピーカから聞こえる声。あの部屋には、人間は一度も入ってこなくて…
勉強も指示も、全部ノートパソコンかスピーカー越しで」
「何の為に、そんな事をしたのかは」
目を伏せたまま、ラスティアが首を横に振った。
両親に恨みがあって、そんな真似をしたのだろうか。
だとしたら、ラスティアを拉致しただけではなく、どうして彼に教育を施したのだろう。
最初からラスティアが目的だったとしても、思い当たる理由が無い。
ただ単に子供が必要で、たまたま道を通った両親と弟が標的にされただけなのか。
考えても、答えが出る筈もない。
振り切るように小さく頭を振ったセシルに、ラスティアが笑いかけた。
「ね、セシル。リーパーって、どんな事するの?」
「…雑用」
聞いていたのだろう、運転席のメルが短く笑った。
「確かに雑用かもしれんが、それじゃあんまりだろう」
「じゃあ…便利屋」
「否定はできないが、もうちょっと何とかならないのか?」
「……パス」
「そこで投げ捨てるか…」
黙って聞いていたラスティアが、おもむろに口を開いた。
「便利な雑用屋さん?」
「…そんな感じ。今日の仕事、落し物探しだったし」
納得したように頷いて、セシルはぼそりと洩らした。
実際、ペットの捜索やら近隣トラブルの仲裁まで、多種多様に扱われている感が否めない。
セシルらのギルドやその周辺の治安が比較的良いのも、便利屋扱いされがちな現状に輪をかけていた。
やはり否定し切れないのだろう、メルが苦笑してハンドルを切った。
いつの間に抜かれたのか、メットを外したアイスが、マンションの駐車場で片手を上げている。
「後の話は、アイスの部屋に移動してから聞こう。
リーパーの説明も、アイスにきちんと聞かせて貰うといい」
「ここ、アイシアさんの家なんですか?」
「アイスの部屋は5階の503と4と5。セシルはその隣の506。私は7階、708だ」
「リーパーさんの家?」
「そういうワケではないんだが…位置的にも丁度いい所為か、関係者も少なくはないな」
「はー…」
ラスティアが続けてぽつりと洩らした言葉に、メルが再び苦笑した。
「便利屋さん集合住宅…」